トップ
 投稿文
 メンバー
 チラシ
 月例会
 アルバム
 リンク
 
問い合わせ
  
  

  
      

《後期高齢者の仲間入り-2》

       

今年も、くちなしの花が綺麗(きれい)に咲いてくれました。   
毎年、寒肥(かんごえ)を一度根元に補ってやるだけのもので、それ以外には、別に庭師(にわし)を入れて手入れもせぬのに。
ありがたいことで、唯々(ただただ)感謝で居ります。

最近特に拙宅の周りは空き家が目立ちます。
それと特に目立って、毎 朝夕にショートスティーの送迎車が、複数の施設名を車体に書き込んだ車が激しく行き交います。 其の施設名の数、10以上のもののように思われますが・・・。
それだけ高齢者の数が 愚拙(ぐせつ)を含めて多くなっている証(あかし)証(あかし)と言う事でしょう・・・。 
此の5月1日から、拙宅から歩いて3分の車道を挟んだ片側に、休耕田(約500坪)を宅地に変えて80人収容の老健施設(ろうけんしせつ)がオープンしました。
6畳大の個室50が左右に並び、ショートステイー用の部屋30が在って、聞けば入居者の1ヵ月の費用が食事も介助も全て込み込みの、月額18万前後のもので賄(まかな)えるそうです。
早晩(そうばん)満室になるでしょう・・・と聞きます。
活字報道に依(よ)れば、大半の高齢者が想(おも)うに、出来れば、長く住んだ家で、天寿(てんじゅ)を全う(まっとう)したいと考える被(ひ)対象者が、自宅を離れた施設や病院で終末期(しゅうまつき)を迎えるのでは無く、住み慣(な)れた我が家を選ばれる割合が、年々増加傾向になってきているのが現状の推移(すいい)である・・・と。
愚拙が昭和58年(36年前)当初、愚拙宅を中古物件住宅として、当時お取引を戴いていた不動産業のお得意様のご厚意で、譲り受(ゆずりう)けさせていただいた(阪急不動産の分譲住宅で、平均土地区画約55坪)の区画分譲地が、今では往時大半の持ち主が、ある方は小規模で便利なマンションに移り住まれ、ある方は売却代金を次の住まいとする、分譲老人施設への資金として転売して出られる etc., の諸(しょ)事情がお有りになって、その後の環境変化は著し(いちじるし)く変貌(へんぼう)し、その買い取り住宅地を、2分の1区画に分割し、従前(じゅうぜん)の家屋は取り壊(こわ)し、2分の1区画に見合う新築家屋は、かたちもデザインも色彩も様々に変貌。 凡そ(おおよそ) 以前の阪急分譲住宅の家並みや風景は一変。 当然新しく入居されて来られた方々は、年齢、世代も大きく格差(かくさ)のある風情と、異質(いしつ)な息吹(いぶき)の様変わり(さまがわり)を感じずには居れない状況と・・・。

愚拙と昵懇(じっこん)に(約20年余り)して下さっていた、茨木市戸伏町に在住であった、昭和9年生まれで、今年85才のパソコン仲間(藤沢薬品総務部管理職OB)が、泌尿器(ひにょうき)臓器疾患(ぞうきしっかん)で、高槻北摂病院に入院と通院を長く加療(かりょう)して居られたのですが、尾籠(びろう)な話しながら、オムツ携帯を余儀(よぎ)なくされて、一人住まいが適(かな)わなくなって、ご長女が嫁(とつ)がれた、千葉県八千代市在住で保育園園長をされておられ、千葉県の老健施設へ引き取られて転居されました。 

この方の奥さんも7年前に脳梗塞(のうこうそく)を患(わずら)われ、大阪医大で半年以上入院されて、高槻愛仁会高槻松が丘老健施設で入居されていたのですが、前述の娘さん(約50才)が見かねて、前述の施設を東奔西走(とうほんせいそう)、さんざ探して、入居されたのが今年の4月で、現在も車椅子生活をされていたのですが、娘さんのお骨折りで、前述の施設に入居されておられた所へ、急遽(きゅうきょ)空きが一部屋出来た朗報(ろうほう)を受け皿として、間髪入(かんぱつい)れず、今回の氏の転居入居が、俄(にわか)に具現化(ぐげんか)したものと、5月25日に離阪(りはん)される、5月23日に最後の面談が適い、一時間ほど、茨木のお宅で面会が出来たもので、惜別(せきべつ)のつかの間でありました。
  其の娘さんが今度入居された施設の二駅先に住まわれて居て、後々の世話活動するにも、茨木市と千葉県とを、そう再々介護の世話活動に時間的にも、経済的にもままならず、住まいの近くの施設なら、いざという時にも臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えて馳せ参じ(はせさんじ)ることも勘案(かんあん)しての思案奮闘(ふんとう)が結実に至ったと受け賜りました。
人間 誰しも己の寿命など予測もつかず、個々人が持つ「天命」が拠り(より)所、 ~仏のみぞ知る。
毎年平均寿命は延び、100歳寿命と言われているものの、はてさて その歳まで生き長らえる
年金資金の源に、大きな不安が有る・・・と政府がつぶやくのが耳目に触る今で在ることも、覚悟の内に備えておくべき重要課題である。   怖ばら 恐ばら。

蛍族と言う、懐かしい活字表現がある。 よもや愚拙自身が其の族に加わる者とは、露(つゆ)程も想像だにしていなかったものが、現実になってしまうとは?
事の発端(ほったん)は、受動喫煙なる活字と映像が、巷(ちまた)でかまびすかしく 騒がれだした頃に相応(そうおう)する。
食宅で毎朝新聞を広げ、緑茶をすすりながらタバコを日常としていたのだが・・・愚妻と娘が異口同音(いくどうおん)にして「受動喫煙で周りの者が『がん』になったら、どうするのよ・・・?」と非難囂々(ひなんごうごう)で、或る時などは、居間でテレビを観ながら、チビリチビリと傾けつつ、其の合間合間にプカプカと・・・」 そこへ 女子軍団が出張(でば)って来て、曰く「白いカーテンは茶色に変わる、部屋のベージュの内張クロスも茶色に変わる・・・ 部屋中ニコチンの匂いが充満して、満足に呼吸も出来ない。これからは 屋内全て禁煙にして戴きます!」 と 宣告を受ける始末。
小なりと言えども一国の主、沽券(こけん)に関わる・・・と腹立たしい限りで、然(さ)りとて現況、多勢に無勢としては、ここは一時退却をもやむを得ず、戸主としての矜持(きょうじ)も持ち合わせては居るものの、負けるが勝ちの戦術の内と・・・ひとまず前線を退却す。
依ってその日 4月凶日を境にして、以降 庭に出て 庇(ひさし)の下で・・・或る時は 玄関先に出て・・・ の 実に嘆かわしい惨(みじ)めな状態に成り果てた。
調子に乗った敵は、「週に二度の休肝日を作って戴きます、ご自分の健康の為です」と嵩(かさ)にかかって攻めてきた。
そこで「己の体調管理は己が判断して 決める。 あれも駄目、これも駄目・・・と 押しつけられては、息が詰まる、第一生きている生き甲斐(がい)を奪(うば)うな!」 と 一喝(いっかつ)。 事実「酒は百薬の長」の喩(たと)えもある。
全く「女子と小人養い難し」とは、良く言い得た諺(ことわざ)でもある。 

令和元年6月3日 大谷 誠  

 




 
 
 
Copyright 2019, Allrights Reserved.
ビジネスライブの会|事業サポートグループ